昨日、中学3年生の「卒業を祝う会」を、クリエイトホールで行いました。

今年は中3生14名が卒業しました。

はじめに講師からお祝いの言葉、次に塾生から「塾での思い出と高校での抱負」を一言と卒業記念品贈呈。
最後に、事務局長から挨拶。あとは、塾生・講師と歓談して解散でした。

卒業記念品は、つばめ塾オリジナルマグカップと図書カード2000円ぶんでした。今年も多くの方から図書カードを頂戴しました。記念品を渡し始めた年は、500円でした。少しでも予算をかけないように、駅前の金券ショップで買ってました。しかし今や、寄付者・支援者のみなさまに支えられて、塾に郵送で届くので、2000円もの額を渡せるようになりました。会ったことも声を聴くこともない塾生のために全国から送って頂き、温かいお気持ちが本当にありがたく、心からの感謝を申し上げます。

塾生の挨拶の中では「勉強は苦手だったけど、勉強のやり方を教えてもらって、自分でできるようになった」「つばめ塾の先生はみんな優しくて、勉強を頑張ることができました」「中学の友人はいわゆる有料塾に行くのが嫌だって言ってたけど、僕はつばめ塾に来るとき、嫌だとは全く思わなかった。」「塾で勉強を教えてもらったから高校に合格できました。高校でも勉強と部活を両立して頑張りたい!!」などの言葉が聞かれました。

私としては正直、今年は悩み多き1年間でした。コロナ禍が明けつつあり、自分が運営する他の無料塾(淵野辺つばめ塾・東京つばめ塾等)が忙しくなり、八王子つばめ塾にかける時間が少なくなっていました。週3日、19時に鍵開けするだけでも、決して軽い負担ではなく、カギを講師に渡して、事務所に行ってひたすらメールを打つ日々でした。あまり塾生に関わってこられなかったのです。

無料塾の運営は、自分との闘いです。有料塾では「ここまでサービスを施す」という線引きがどこかにありますが、無料塾は、やろうと思えばどこまででもサービスができます。「もっとこういうことができたのではないか、、、」と葛藤することも多いのです。私に趣味は一切なく、働く時間と家族と過ごす時間以外の全ての時間を塾の運営に注いでおり、不満は全くないのですが、それでも、もっとできることはあったのではないか?と自問自答の1年間でした。

祝う会の準備をしつつも、塾生は「つばめ塾に来て良かった」と思ってくれているんだろうか?と思いながら過ごしていました。
ところがいざ蓋を開けてみると、「つばめ塾でよかった」「塾で勉強の仕方がわかった」のような声が多く、最後の交流も、講師と生徒が笑顔で話しているのを見て、涙が出そうになりました(´;ω;`)

何人かの保護者の方も来てくれ、ある方がこんな話をしてくれました。「子どもが合格発表を見た時、一番最初に言ったのが、つばめ塾の先生に会って報告したい!!でした。本当に塾の先生を信頼しているんだなと感じました。」事務局長としては、無料塾冥利に尽きるってもんです。(ちなみにつばめ塾では、仕組み上、合格の報告はメールで受け取ることになっており、講師に会えるのは、この祝う会が最初になります。)

そして今年の私の挨拶は、例年より長く話しました。どこまで伝わるかは別にして、もっと自分の思いを塾生にぶつけてみるべきだと思ったのです。我が家が貧困だったこと、アフリカのウガンダの少年兵士の話、東日本大震災の現地で聞いた被災者の話、無料塾に出会って感激した日のこと。そして将来、つばめ塾の名前の由来である「ボランティアという巣に戻ってきて欲しい」という思い を伝えました。

これは、昨年10月に開いた「10周年記念交流会」でのこんなことがきっかけとなりました。その時、卒業生のスピーチの中で、「入塾の時に、小宮先生が、塾生にこうあってほしいという思いを聞いて、入塾したいと思った」と話してくれたんです。それを聞いたときに私はとても驚きました。設立して間もないころは確かに、1人の面談に1時間をかけ、塾の成り立ちなども熱心に話していました。塾生にそんなに熱く話していたのか、、、と改めて考えたのです。「今はどうだろう。塾の代表として、塾生一人一人に思いをぶつけているだろうか?」と深く反省しました。この思いが、今回の挨拶につながりました。
昨日話したことは、今日明日に芽が出るものではありません。10年後、20年後に塾生自身が、ボランティア講師の熱心な、真摯な後姿を思い出し、「自分も人のために行動を起こしてみよう」と思ってもらえるかもしれないと、種まきをしているのです。

今年も、多くのボランティア講師、寄付者、支援者のみなさまのおかげさまで、卒業生を送り出すことができました。
改めまして、深く感謝申し上げます。

事務局長 小宮位之